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「初めて」についてのデザイン(UX Fukuoka)

UX Fukuokaという勉強会に参加してきた。テーマは「N/E比」で、ユーザビリティ評価の話だった。「N/E比」とは、Novice(初心者)とExpert(上級者)のタスク達成時間の比のことで、ユーザーの行動を「1アクション」まで細分化して「N/E比が大きいアクションを優先的に改善しよう」みたいな話だった。

N/E比のイメージ画像

N/E比の目安について、講師の浅野智さんから以下のような話があった。

  • 「N/E比が3倍程度だったら、初心者でもすぐに使えるようになるから改善の必要は無い
  • 「N/E比が5倍以上あると、改善が必要
  • 「某なんとかエージェントで実際にやったときは20倍とかあった(笑)」

単純にNoviceの結果だけ見て「ここが時間がかかっているから改善しよう」ではなく、「ここ、Expertの○○倍も悪くなっているから改善しよう」と、Expertを基準にしていることがポイントだとか。

また、被験者の「行動」と「発話」を観察してユーザーがつまずいたポイントを洗い出す「観察法」のデータが、N/E比が高いポイントと一致していると、観察法の精度が高いと言えるらしい。

勉強会の話はそれくらいにして、そのあと、私が「初心者」についてあれこれ考えたことについて話す。

「初めて」の壁

「初めて」の壁のイメージ画像

私自身、使ったことが無いものを初めて使うことや、行ったことがない場所に初めて行くのは苦手な方だと思う。

恥ずかしい話、スターバックスを初めて使ったのは1年前だった。
それまでスターバックスについては「オシャレな人が行く場所」「ギークが集まる場所」「何時間も居座っている人がいっぱい」みたいな話を聞いていて、「古参が幅を利かせている」というイメージがあった。注文方法にも一癖あるという噂も聞いていた。

そんなイメージを持つと、時間が経てば経つほど、行きにくくなった。その場所に適用した人間がどんどん増えて、ますます「初心者」がマイノリティーになっていると思ったからだ。

そんな私が初めてスターバックスに行ったきっかけが、友人に「ちょっとここに入ろう」と言われた場所がスターバックスだった、ということだった。注文のときは、恥をかきたくないから、メニューから目に飛び込んできた適当なものを選んだ。飲んだものの味も正直あんまり覚えていない。終始そわそわしていたと思う。

2回、3回と回数を重ねるとその独特の空気感を楽しめるようになった。今では、本を読んだりパソコンに向き合ったり、暗黙の秩序に従って各々が自分の世界で活動しているスターバックスは、むしろ心地よいと感じる

成熟したコミュニティ

成熟したコミュニティのイメージ画像

初めの一歩が踏み出しにくい場所は、その場所独自の「文化」や「ルール」が成熟しているからだ。
2ちゃんねるはまさにそうだと思う。
2ちゃんねる全体のルールがある上に、板ごとの細かいルールもあったりする。ルールを守らない新参は、叩かれるか多くはスルーされる。

しかし独自の「文化」や「ルール」が成熟していることは、そこにいる人間に最適化されているということだ。2ちゃんねるでは、議論を深めるために、散々話し合ったネタを新参が掘り起こすことは御法度だ。その対策に、既出ネタは(>>2や>>3とかに書かれる)テンプレで先に潰しておくのは定番である。

話が飛ぶが、「ドムドムバーガー」というハンバーガー屋がある。
そこは、食欲をそそらない照明、公民館のような椅子と机、おばちゃんが作ったみたいな広告とメニューなど、あしらいに気を使っている様子がまったく無かった。味もおいしいわけではないし、値段も安いわけではない。利用している人は、地元のおじちゃんおばちゃんや親子がほとんどだったと思う。
ただ、私にとっては、とにかく入りやすかった。まったく洗練(成熟)されていないことで、排他的な雰囲気をまったく感じなかったからだ。

しかし、「またここに来たい」とは思いにくいと私は思う。私は好奇心で何度か通ったが、多くの人は「そこにあったから入る」という風に利用していて、「ドムドムバーガーに行こう」と思って行く人はほとんどいないと思う。

フラットデザインとスキュアモーフィズム

私は少し前まで、iOSアンチだった。

iOSアンチだった理由は、初めて触れたiOSがiOS7だったからだと思う。
私はAndroidを使っているが、たまに友人や家族からiPhoneやiPadを借りて使うことがあった。使うときはいつもパッ見てわかりにくいインターフェースにイライラしていた。ハード側のボタンの少なさが相まって、かなり困惑した思い出がある。

しかし使うことが増えるようになって、あるとき、その操作感を心地よく感じるようになった
弟の勧めでパズドラをする機会があって、面白かったので父親のiPadでパズドラをちょこちょこするようになった。そこで、ついでにiPadで調べ物をすることが増え、iPadの操作を覚え始めた。
真ん中の丸ボタンを2回押して、終了させたいアプリを上に飛ばす...なんていう操作が無造作に行えるようになった頃には、すっかりiPadを気に入っていた。

その後、バイト先からWebのテスト用にiPhone 4Sを貸してもらえることになった。iPadでiOSの操作感を覚えた私は難なく使いこなすことが出来て、今では自分のスマホよりそのiPhoneを持ち歩くことが増えてしまった。

「一時の流行」と一部から揶揄されたフラットデザインの思想はまさにこういうことだと思う。

以下、引用(適宜、中略している)。

GUI に接する機会が増えてくると、多くのユーザーはUI部品の種類や識別の「勘所」がもう分かっているので、そこまで大げさに表現しなくても普通に使えるようになってきたのも事実でしょう。

引用元: ソシオメディア | フラットデザインはUIを進化させるか

わざわざメタファーを使わなくても多くのユーザーは経験から予測することができる、と。

GUI に慣れた現代のユーザーにとっては、なかば無理矢理な比喩表現を用いる必要性は低いでしょう。それよりも、純粋にビジュアルおよび振る舞いのパターンからユーザーが適切にイディオムを学習して、ソフトウェアならではの豊かな世界観を把握できるようにすることが望まれます。

メタファのように、連想による「直観」に依存するのではなく、GUI を通して起こるインタラクションの記号性や規則性からユーザーが自然にその意味や扱い方を学習できるようにすることが大切なのです。メタファを経由せずに理解を促すイディオマティックなUIは、より直接的な学習を促すのです。

写真の拡大縮小は二本指でピンチの動作をするだけでできますが、その手がかりは画面上にはありません。しかし一度それができると分かれば、このイディオムは「直観的」となります。

つまりこれからのUIでは、「ちょうど良いメタファを探す」ことよりも、「学習しやすいイディオムを作る」ことが重要なのです。

引用元: ソシオメディア | メタファからイディオムへ

システムのイディオムを理解しやすいUIは、メタファではなく、記号性や規則性といった秩序を持つ必要があると述べられている。

「初心者のための最適化」は必要か

まとめると、「体験したことがない/しようとしていない人間」へ最適化する必要はないということである。それよりも、体験した人間が、その秩序を理解しやすくしたり、より心地よく感じさせたりするほうが重要である。
洗練されたサービスであるためにはそれ相応の秩序が必要で、その秩序は体験しない限り理解できない。アップルのアイヴはiOS7のデザインについて、以下のように述べている。

「シンプルさや明快さ、効率性のなかには、深遠で持続的な美しさがあります。真のシンプルさは、混乱や虚飾を廃することからは生まれません。それは複雑性のなかに秩序をもたらすことなのです」

引用元: 「iOS 7」における、デザイン哲学のせめぎ合い « WIRED.jp

もちろん、継続的に利用する必要が無いものや、まだ利用者がいない状態のサービスなどは話が変わってくるが。

こう考えると、N/E比はなかなか面白いと思った。
比という形で定量化することで、改善の優先度を付けるだけでなく、サービスの状態や方向性に合わせてどこまで改善するかをわかりやすくできる。
浅野さんの「N/E比が3倍は改善する必要はない」という言葉にはこういう側面も含んでいるのでは、という妄想をした。

※内容的に「である」調が合っていたので、いつもと文体を変えています。